京都で行われたフグの供養祭について考える中坊進二


中坊進二が京都の大学で通ってた時、教授がよく言っていたこととして、
「実験動物の慰霊碑はあるのに、なんで、植物の慰霊碑はないのだ」

中坊進二は研究の為、植物の種子を土に播くのとは別に、
中身を切り取って水分量を計ったり、溶液に漬けて化学反応を見ていました。
それらの種子はほぼ例外なく、燃えるゴミ行きです。
ブナだけは、中坊進二のお腹の中に行きました。
ピーナッツと同じ味で美味しかったです。
植物も動物と同じ一つの命だと教授は考えていましたので、
学内に慰霊碑を建てようと画策していたようです。

人間以外の生き物に対する慰霊碑は意外と多いです。
京都でも先日、フグを供養する式典がありました。
調理したフグの霊を弔う供養祭で、
京都の地元の飲食店や市場の関係者が出席したようです。
感謝の意を込めるのと同時に、
これからもフグによる食中毒を起こさないために、
こうした催し物を開催しています。

こうした供養祭の起源ですが、
おそらく、フグによる食中毒をフグの怒りだと思ったのかもしれませんね。
まだ、数百年前は調理技術が未熟だったこともあり、
フグによる食中毒が多発していたと思います。
そのため、こうした供養を行い、フグの怒りを鎮めようとしたのだと思います。

中坊進二はあまりフグを食べません。
値段が高いこともあり、早々気軽に食べられるものではないからです。
京都には美味しいテッポウ刺しの料亭がいくつもありますので、
機会があれば食べてみたいと思います。